けいのブログ

自分のTwitterで呟いた事、趣味で考えている事をまとめる。自分が見る専用のメモ帳、日記みたいな使い方 

”俗世にまみれた”スピリチュアル系、オカルト系は関わりたくない。

 

定期的に関わりたくない人とは牽制球は投げる。

以前のブログにもそう書いてた。

専守防衛

 

 

 下書き日時2020/12/13

関わると時間の無駄。

てかブログ村?っていう所で思想・哲学のジャンルを見ようと思ったのにスピリチュアル系のブログばっかりで笑った…

ゴシップ系のネットの世界って狭いなぁ…(音楽関連は広い…英語…)

フランス現代思想ポストモダン系とかありそうなもんだと思ってた…ギリシャ哲学、中東、インド、東洋思想とか…

心霊系とかお年寄りの方々がハマってそうですね。

今はテレビでスピリチュアル系、オカルト系の番組はテレビで放送してないでしょ?

おじいちゃんおばあちゃんがハマってるんだよ、多分…

若者はそういうモノは知らないと思います。

若者で知ってるなら洗脳された人に吹き込まれたんだろね。

見るだけ時間無駄にするから改めて関わらない方がいいと思ふ…

大体、金権力地位名誉健康承認欲求とかを欲しがってる。

”俗世にまみれた”スピリチュアル系、オカルト系は欲張りさん。

ブログランキング?ってサイトも見たけど、何も無い。

大切な情報はこんな誰でも目に付く所では出さないって…w

すぐに役に立つモノはすぐに役に立たなくなる、はその通り。

すぐに手に入る情報は、情報手に入れる苦労知ってないと価値の重みがわからない。

無料だしね…無料だから価値は無いっていうのは違う。

そこんとこ勘違いしないほうがいい(そういう人はたくさんいる)

今でしょ!の林先生の高学歴ニートに説教する税金の使い道インフラの話…

ある一定の所得を超えて無い人は生活インフラ維持にフリーライドしてるみたいな内容だったと記憶してる。

ここだけ切り取ると植松聖理論になる…(生産性が無い奴は生きてる価値は無い)

そこんとこは林先生も分かってるでしょ…そんな馬鹿じゃない。

”俗世にまみれた”スピリチュアル系、オカルト系はバカだと思ってるけど…(そういう奴は思いっきり見下すよね…w)

そういう人達でも身の丈をわきまえた方々なら僕も敬意を払う。

心的?なところ、部分ってデリケートな話だと思うんですよ。

そういうのをガサツに?表す?扱う想像力の無さ、敬意の無さ、鈍感さ?に怒りを覚える。

俺は逆に心的なモノはとても大事だと思ってます。

だからこういう大切な話は話し方話す作法も丁寧にしないといけないと思ってる(まぁ心的な所は他人と表立って話さない方がいい)

ネットで大切な話を”出す”所に注意するんじゃなくて、”何を話さない”ようにするか?ってのが肝要な気がします。

お釈迦様の無記と似てるか?金、宗教、政治、恋愛、結婚、血筋、思想などたくさん…

ペラペラおしゃべり、弁の立つ奴は警戒した方がいいですね。

詐欺師、嘘吐き屋はようけしゃべるし他人の心に平気で土足で踏む。

今の時代は特にそういう無礼な奴が多い。

躾が成ってない。

逆に分かってる人はネット、テレワーク?とかじゃ大事な話は出来ないってちゃんと制する。

実際に会って大事な話をしましょうって言う。

そういう人はネットでペラペラ言う奴よりはマシかな?

僕も嘘はつくけど、このブログで生計を立ててるわけじゃないし、カテゴリータグにも「治療日記」って付けてるし…

俺の精神疾患の治療の為についでで日記をつけるのであって、誰かを騙すために日記をつけてるわけじゃない。

そもそもここを見てる人が誰なのか?もわからんのにマインドコントロール、洗脳のしようがない。

ここ見てる人で会社の社長?金持ち?政治家?芸能人?いたら、僕のAmazonのお気に入りリスト公開して俺にプレゼントしてくれないっかなーとかは考えたりもする。

今欲しい小型真空管ヘッドアンプとか…

…くれませんか?(くれませんか?って云われてもねぇ…)

 

 

 

コロナウィルスで目に見えないモノに対する対象の扱いとして、”俗世にまみれた”スピリチュアル系、オカルト系が関わりそうで警戒してる。

「コロナウィルスで孤立化の作用?が過剰に働く危険性?」ってタイトルで書いてるけど、物理的な距離を離した分だけ、情報空間的な距離を近づけようとする人達が増えてきそうで嫌。

魂的に?心的に?精神的に潔癖症な人は汚れて悪で醜いモノを排除しようとする人間の癖、性質を無視して(無自覚に差別する…人間のさが)人間の意識中心主義という物差しで全部測ろうと支配するので、そこで衝突が起きそうな気がする…

人間ってそんなに高尚ですかね?

高尚なら哲学、宗教、思想、とかそんなに要らないと思うけどなぁ…

自分が真っ当だ!正論、正義だ、道理だ、人の道だ、って言葉で云うのは自分が実際の所、ダメなんだ、と逆説的に自己主張、吐露、証明してるようなもんだ…

語るに落ちる。

B'zの『黒い青春』の歌詞、「光りと影は支え合う」はそうなのかなぁ…

何事も調和、バランスで成り立ってるように見える。

坊主、牧師、神父、聖者、清き者に成りたいなら、極論すればロボットにでも成ればいいのでは?

脱人間…まぁこういうのを超人とか云いそうだけども…

ロボットになるって事は人間を放棄してるので、放棄した時点で人を超えては無い。

棄人?人間を理解する事を放棄した何かに人間を語れるのだろうか?

もっと具体的に書けば、各一人一人の人生を深く細かに丁寧に見て行ったら、それだけで壮大な物語、発見があるんじゃないか?

私小説では無いが、ライフログ?とかは、嫌かなぁ…中国の管理社会になるのは。

機械じゃない生身の自分の身体、五感を使って他人の人生を感じる共感性は大事。

生身の身体で他人と関わる事が今はめっきり減ったしこれからは多分さらに減る。恐慌、少子化高齢化もあるし…

戦争、災害とか起きたら嫌でも他人とは関わらないといけない。

東日本大震災で避難所のネットワークが機能してたのは創価学会員の人達で日頃から共同体を作ってたからっていう話を聞いた事があります。

 

 

結局お前は何が言いたいのか?って云われると、主語の大きい話は苦手だけど、強制的に話さざるを得ない時があるのでテンプレを用意しとく(適当な相槌)のと、主語が等身大の話、身の回りの事をコツコツ小さな事をコツコツやるのが大事って事。

大事な事はネットとか表立って話さない、場をわきまえろ。

人間学習は酒場で他人と話すかなぁ…(僕は下戸ですけど)

色んな分野の事を。

1個の本、記事で話は完結しない。

色んな関係性、縁で話を出来てる。

そういう風に僕も無意識的に書いてる気もします。

閉鎖系はいじめも産むから…

どこを閉じてどこを開けるか?そこも人間には一応知性があるなら、その知性を使って対応すればいいのでは?

その知性が今の日本人、世界の人に欠けてるのが問題なのかなぁ…

知識じゃなくて、知性、智性。

まぁ、僕も悪人なりに精進します…